〝Remember The King〟

映画

『エルヴィス』(2022年7月公開)

 例年のことではありますけれども、春競馬のクラシックシーズンたけなわ、の季節に入ると、なかなか映画が観れません。封切り作品は尚のことです。でも今季は珍しく「是非、封切りで」と思った作品がいくつかありまして、そのうちの2本が近くのシネコンで上映されると知って、いてもたってもいられず、そのうちの1本を月曜日の午後に観てまいりました。

 『エルヴィス』
がそれ。

 エルヴィス・プレスリーは世代的にど真ん中、ではございません。かろうじて亡くなった時にテレビニュースで観た記憶があるくらい。むしろビートルズの方が、当時(5歳の頃)同居していた叔父叔母から「ペーパーバックライター」かなにかのシングル版を聞かされた記憶があって、また小学校の低学年の頃に解散したことを後に知ることにもなったりしたので、明らかにエルヴィスよりも馴染みはありました。
 でも、プレスリーもまた伝説のアーティストですし、高校、大学と長じるにしたがってゴスペルだブルースだR&Bだを聴くようになると、どうしたって出会うことになります。ロック、ブルース他、さまざまなジャンルの音楽史に触れる時、絶対的な存在感を放つアーティストとして登場しますんでね。
 まあとにかく、その声質と歌唱力とで圧倒されることは間違いありませんですよね。今更ながら、ですけれど。

 で、今更ながらついでを言いますと、『エルヴィス』は実話をベースにした映画、ということになります。
 この1人のミュージシャンにスポットを当てた〝実話モノ〟って、21世紀に入ってから……特に近年ですけど、立て続けに作られているように感じますね。
 レイ・チャールズの『レイ』、ジェームスブラウンの『ジェームスブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~』ときて、アレサ・フランクリンの『アメイジング・グレイス』、ホイットニー・ヒューストン『オールウェイズ・ラブ・ユー』に、直近では大ヒットしたのがフレディ・マーキュリーの『ボヘミアン・ラプソディ』ですか。逆に大コケ?したエルトン・ジョンの『ロケットマン』ですとか。何でもビリー・ジョエルもスタンバッってるんですか?

 確かに、成功した人気アーティストの話だと〝結末〟がわかってますんで、初めからネタバレしていて、〝安心〟(?)して観ていられる、という側面があります。すでに多くのファンがいるわけですから、興行的にもそんなにリスクはないはず、ですし。制作にゴーサインが出やすい、というのはあるんでしょうか?

 そして今回の『エルヴィス』。
 彼の場合、すでにいろいろな資料、というか、文献が出回っていますし、さてどんな内容の話なのかな?と思っていたら、これまた有名な〝大佐〟と呼ばれたマネージャーとの「蜜月と確執」がストーリー上のメインテーマ。なので、いわゆるミュージシャン物とはちょっぴりニュアンスが違った作品になっています。ですから、特に『レイ』や『ボヘミアンラプソディー』などと比較すると、物足りなさがあるかもしれません。エルヴィスの音楽性や楽曲が、どう作られ、いかに育まれたか、といった過程の描写が若干少なく感じられますので(フルコーラス通しで流れた曲がほとんどないんじゃないかな?と思えるくらいです)。
 ただし、これは自分の好みになりますけど、ミュージシャン物は細かいストーリー展開を、楽曲そのもののパワーが凌駕してしまい、逆に「〝映画〟としてどうだったのかな?」とマイナス面が感じられる作品も多いです。その点で言えば、他のミュージシャン物とは性格が違っている『エルヴィス』は、私は大変面白く観ることはできました。まあエルヴィス・プレスリーの場合、最期が切ないですから、どうしたって物悲しさを感じないではいられませんが……。

 ともあれ、見どころは満載と言いますか、主演のオースティン・バトラーの熱演には息を呑みます。本当にとてつもないです。
 『ボヘミアン・ラプソディー』でフレディー・マーキュリーを演じ、アカデミー主演男優賞を獲得したラミ・マレックでしたっけ?彼と比べても何ら遜色ない……どころじゃないかも?
 また〝大佐〟役の名優トム・ハンクスが、やっぱり名優らしくとんでもない。エルヴィスの光と影のコントラストは、彼の名演なくして語れないでしょう。トム・ハンクスにしてみれば、これくらいのパフォーマンスはなんでもない、のかもしれませんが。

満を持しての『グレイスランド』

公開当時のパンフレットより

 〝グレイスランド〟はエルヴィス・プレスリーの生前の邸宅であり、現在は埋葬地としてファンの聖地となっています。1991年にアメリカの国家歴史登録財に指定され、2006年には国定歴史建造物として認定されている、という建造物。

 1998年の映画『グレイスランド』は、この〝聖地〟に向かって、傷ついた男と、〝エルヴィス・プレスリー〟を名乗る男が旅をする、という、一般的なジャンル分けをすれば〝ロードムービー〟ということになりましょうか。

重要な関連作品

 ウィキペディアで「エルヴィス・プレスリー」を見ますと、「プレスリーを扱った作品」という項目がありまして、様々な内容の〝関連作品〟が紹介されています。が、その中にこの『グレイスランド』は挙げられていません。
 心の底から、
「惜しいなあ~」
 と思ってしまう。

 ま、確かに、プレスリー本人が出てくるわけではない(のかな?)のです。だから仕方がない部分はなくはない。
 それにプレスリーを名乗る男というのが、あの個性派の名優ハーヴェイ・カイテルなんですが、正直、似ても似つかない。

 ちなみに、私は彼の大ファンでして、彼の出演作は何本も観てます。それこそマーチン・スコセッシ組として「ミーン・ストリート」「アリスの恋」「タクシードライバー」に始まり、クエンティン・タランティーノ組では「レザボア・ドックス」「パルプ・フィクション」。
 90年代に入っての作品では、やはり脇役として好演した「黄昏のチャイナタウン」「テルマ&ルイーズ」「愛を殺さないで」「天使にラブソングを」。まあ何よりも「ピアノ・レッスン」は衝撃的でしたですね。
 で、恵比寿ガーデンシネマのこけら落としで上映された「スモーク」に、ギリシャ映画界の巨匠テオ・アンゲロプロスの超大作「ユリシーズの瞳」では、それぞれ主役ですから。
 そうしたキャリアの中で〝絶頂期〟と言っていい時代に、無名の監督作品に主演したのがここで紹介する『グレイスランド』、というわけです。

 ちょっと脱線してしまいましたが、要は大ファンとして、どこからどう観てもプレスリーとはかけ離れていて……、という感じ。それどころか、「いくらなんでも〝そっくりさん〟は無理があるだろう~」と突っ込みをいれたくなる人の気持ちが容易に理解できてしまうのです。

 でもね、アメリカで、いや世界中のファンにとっての〝エルヴィス像〟というものが、これほど雄弁に描かれている作品は、そうそうない、と思っています。
 と言いますのは……。

 マイケル・ジャクソンは〝キング・オブ・ポップ〟ですよね?
 ジェームス・ブラウンは〝キング・オブ・ソウル〟と自分で名乗ってました。

 じゃあエルヴィスは?というと
 〝キング・オブ・ロック〟
  ですか?
  それが、違うんです。

 今回の記事のタイトル「Remember The King」は、映画『グレイスランド』の最終盤で使われるキラーフレーズ。
 つまり、そう、アメリカでのエルヴィス・プレスリーは、唯一無二としての〝ザ・キング〟そのもの。そういう存在だ、ってことです。
(トミー・リー・ジョーンズとウィル・スミスの『メン・イン・ブラック』では、「彼は生きてる。自分の星に帰っただけだ」みたいなセリフがあって、これもなかなかよろしいかと)

 先に書きました通り、この映画はほとんど無名といっていい監督と脚本家による作品。
 このトシになると、映画を観て「激しく影響を受ける」とか、ましてや「人生観が変わる」なんてことはさすがになくなるものですが、「感情を揺さぶられる」といったことは起こり得るのだな、と言うか、とにかく心に沁み渡る。
 いや、だから、もしかするとこのトシになってから、「影響を受けて、人生観に関係してくる」みたいな映画がまったくないかと言うと、そんなこともないのかな?と……思えたりもする。それくらいのインパクトがありました。
 本当に、こういう映画に出会えると、幸せな気分になります。

 また、「名画であるかどうかは、最初の4~5分を観ただけでわかる」というような気付きを決定づけてくれた作品でもあります。

 そんなわけで、『エルヴィス』を観てきた直後ということもあって、映画版〝マイセレクト・スリー(私的究極のお気に入り3本)〟のひとつを紹介させていただきました。
 (今後〝マイセレクト・スリー〟はジャンルを超えてシリーズ化の予定)

 「へえ、こういうのが好きなんだ」
 そう思っていただければ、私の嗜好性の一端もご理解いただけるかと存じます。チャンスがあれば是非、ご覧になってみてください。

 おっと忘れていました。『グレイスランド』の公開当初のキャッチコピーがこちら。

 「人生はやり直せる」

 本当にいい映画ですので。


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